photo by Keizo Kioku

寺崎百合子 図書館

2017年1月21日(土) ─ 2月24日(金)

 

この度ギャラリー小柳では、寺崎百合子の個展「Arks for Learning 図書館」を開催致します。ギャラリー小柳では2010 年の「音楽」展以来7 年ぶり5 度目の個展となる本展では、歴史ある重厚な図書館の内部や、書籍と同様に知を得るため古来重宝された天球儀や地球儀、月球儀を描いた新作ドローイング6 点を展示致します。

 

 

 

『Arks for Learning』̶̶–– 寺崎百合子

 

Arks for Learning とは、20年前、わたしに、図書館への旅の道案内をしてくれた本のタイトルです。

1995 年、ギャラリー小柳での初めての個展『階段』を終えた時、次は本を描くと決めていました。本と本棚、そして図書館。図書館は、わたしにとって、物語の始まる場所です。階段と同じように、「ここから彼方へ」と誘ってくれる装置でした。

わたしが描きたいものは、人間の手で創られ、時間に磨かれた美しいものたちです。古い図書館は、収蔵品の本も器である建物も、二重に描きたいテーマです。黄金の暗闇に皮の背表紙がならび、螺旋階段や天球儀があり、精霊か人間か見分けのつかない司書に守られて、数百年

もの間、静かに幾千幾万の言葉が積み重ねられた場所。そんな、前世で出会ったような図書館を描きたいと思いました。ボルヘスが「宇宙」と呼び、ルソーが「世界を手中に収めた」と信じ、マキャベリが「世間を忘れ悩みは消え去る」場所として帰って行った図書館。まだ人々が「永遠を超えて存在する」と信じた図書館。そんな図書館が、どこかにきっとあるはず。わたしはそんな図書館に出会うために、旅に出ることにしました。

 

まだ図書館の写真集などなく、インターネットも普及する前のことです。どこへ行けばいいのか見当もつかず、わたしは、ともかく海を渡り、世界で2番目に古い大学のある街、オックスフォードの石畳に降り立ちました。そこには確かに古い図書館がありそうです。でも、その街はどこもかしこも石の塀に囲まれて、部外者には容易に姿を見せてくれませんでした。石畳を歩き廻っても、どんな図書館がどこにあるのかさっぱりわからないのです。ただ、扉をたたく者には耳を傾けてくれる所でもありました。

勇気をだして扉をたたいてみると、街は一冊の本をわたしに手渡してくれました。それが“Arks for Learning”というオックスフォードにある図書館の写真集でした。この本を道案内に、わたしはひとつひとつ図書館を訪ね、その絵を描きました。そして、20年経った今でも描き続けているのです。

 

今では、図書館を舞台とする物語は小説ばかりではなく、アニメーション、マンガ、もちろん映画、ありとあらゆるジャンルにわたり、舞台装置としての図書館など、もはやクリシェーと化したかのようです。図書館の画像も、『世界の図書館』、『世界の美しい図書館』、はたまた、『死ぬまでに行ってみたい図書館』まで、解説つき写真集が本屋に並び、本を買わなくてもネットで検索すれば世界中の古く美しい図書館の画像がゾロゾロとあらわれ、スクリーンショットでカチャッとすれば簡単に自分のものにできるほど身近なものになりました。もはや、図書館に出会うために古都を訪ね、重い樫の扉をたたく必要もなくなったようです。

そんな時代に、くり返し古い図書館の絵を描く意味があるのでしょうか。

 

ボルヘスの言うように、私達は、図書館の「不完全な司書」でしかないのですから、誤りを犯しがちな手が、紙に描きちらしながら記したこれらの震える粗雑な記号は、「聖なるものと人間的なものを隔てる距離を知る」手だてほどにはなっているかも知れないと、「くり返されれば、無秩序も秩序そのものになる」かも知れないと、「粋な希望」を抱くのです。わたし自身の孤独もまた華やぐように。

 

参考文献:

『伝奇集』バベルの図書館 J.L.ボルヘス著 鼓直訳 岩波書店 2016年5月16日発行

『図書館・愛読家の楽園』アルベルト・マングェル著 野中邦子訳 白水社 2008年10月10日発行

“Arks for Learning” Giles Barber The Oxford Bibliographical Society

『世界の図書館』河出書房新社

『世界の美しい図書館』 パイインターナショナル

『死ぬまでに行きたい世界の図書館』笠倉出版社

 

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